discarding the frame : mark tansey

•2008年 6月09日 (月) • 7件のコメント

マーク・タンセイ (mark tansey) という画家の作品を取り上げてみたいと思う。1949年生まれのアメリカ人アーティストである。google などで検索してみるとお判りになると思うが彼の作品の一番の特徴はモノクロ写真の様な作風だ。一瞬デッサン用チョークかなにかで描かれているようにも見えるが殆どの彼の作品は油絵である。
 
その中でも ”discarding the frame” という絵を私は大変気に入っている。初めてお目にかかったのはまだ学生だった頃、通称「ボストン美術館」と呼ばれる museum of fine arts, bostonでアートのクラスがあった時にたまたま見掛けたのがきっかけでそれ以来展示が終わるまで何度も通い詰めた記憶がある。
 

 
実際の絵はかなり大きいものでモノクロながら少し緑青がかったトーンが異様な冷たさを醸し出している。洞窟のなかに落ちていく滝、その滝の上に二人の人間がいて背後から日が射している。そして二人は絵画用の大きな額縁をエイヤ!っとばかりその洞窟の中に投げ込んでいる構図だ。
  
額縁を投げ込むというのは象徴的だ。既成の概念、枠組みをこのアーティスト(と勝手に私が思っている)の二人は自信をもって捨て去ろうとしている。背後の日光はその自信の表れだろう。その枠組みから脱却しようとする姿勢、なんとか既成のものを破壊しようとする勇気は音楽を生業とする私にとっても非常によくわかる心情だ。またもしかしたらこの枠組みは社会一般のことかもしれない。世の中の通念をぶち壊してより「個」になろうとするアーティストの本能みたいなものを示しているのかもしれない。ところがところが… 本人達は大自信をもって捨て去ったつもりの額縁の陰の中に自分たちが投影されてしまい、結局その枠組みから逃れられないでいる。その投影の原因が自らの自信なのだ。
 
実際ご本人がどんなコンセプトでこの作品を描いているかは知る由もない。しかし音楽の勉強中だった自分にはこの絵から導き出される芸術に対する解釈は実に衝撃的だった。本人は何万キロも飛んだつもりだったのにお釈迦様の指と指の間だった、みたいな孫悟空の気分である。

決して有名でもない mark tansey とその作品だが、私はこの絵の出会えて幸せだなと思える。自分を見失った時に recover するための小道具の1つとして今でも愛用している個人的名画の1つである。
 
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次回は甘いネタ

uniqueness of baseball

•2008年 6月05日 (木) • 9件のコメント

私はスポーツというとまず野球しか観ない。どうも他のスポーツでは興味が持続しないのだ。さてこの野球、ご存知の通り日本でもアメリカでも人気があり日常に深く入り込んでいるのでついつい特別な注意もせず観戦してしまうのだが、野球を知らない人から見るとかなり特殊な部類のスポーツのようだ。思いつくままにその特殊性を挙げてみよう。
  
1)監督、コーチが背番号入のユニフォームを着ている。私はサッカーやバスケのように監督が背広を着て選手と一緒にフィールドに居るという光景にどうも違和感を覚える。ちっとも「ユニ」な「フォーム」になってないじゃないか、という感触だ。初期の野球では選手と監督を兼任することが多かったらしく、現在のような分業性になっても当時の伝統を引き継いでいるようで MLB では監督とコーチの背番号付きユニフォームの着用はルールとして明文化されている。
  
2)時間制限がない。完全にないかといえばウソになるがその他の四大スポーツ(バスケットボール、アメリカン・フットボール、アイスホッケー、サッカー)のようなプレーの制限時間がない。だから勝っている側が時間つぶしのためにパス回しをするなどという怠慢プレーが起きないのである。この終わってみないと判らない野球の仕組みがサヨナラ満塁ホームランなどの神業的大逆転を演出する要素の1つであろう。
  
3)攻撃側だけ点が入る。当たり前のようだがその他の四大スポーツは守備中の得点が可能だ。
  
4)球場の形がバラバラ。地域ごとにサッカー場の形が違うとかどこそこのテニスコートはウィンブルドンより狭いとか、そういうことはあり得ないが野球場は内野のダイアモンドのサイズと外野の最低限のサイズの規定はあるが球場全体のシェイプに関してなかなり自由である。そこで各チームはその球場にあったチーム編成をすることが重要となってくる。ヤンキースタジアムのようにライトにホームランの出やすい球場を本拠地とするチームはおのずと左のパワーヒッターを集める傾向にあるし、より自分のプレースタイルにあった球場を持つチームに移籍する選手もいる。
  
5)3割の成功で褒められる。10回ボックスに立ってわずか3回ヒットを打つだけで好選手である。10回中7回も失敗して良いスポーツなんてほかにあるだろうか?
  
6)スター選手が活躍する必要がない。例えばマイケル・ジョーダンが一度もバスケットボールに触る事なくブルズは勝てるだろうか?野球ならジーターが4打席4三振で守備中一度もショートに球が飛んで来なくてもヤンキースは勝てる。
  
7)機会均等。野球はどんなに力の差のあるチームが対戦しても一人3ストライクまで、1回3アウトまで、1試合9回までと両チームに均等な機会が与えられている。MLB オールスターズと少年草野球が対戦しても同じである。ではサッカーのワールドカップイングランド代表と少年サッカーチームが対戦したらどうなるか?とても少年たちはボールに触らせて貰えまい。つまり機会均等ではないのである。
   
8)ボールが全てではない。上記の四大スポーツをナタで割ったような言い方をすればボールの奪い合いである。テニスもバレーボールもボールが中心にある。しかし野球はボールは単にゲームの推進パーツであって得点するのは人間だ。だから観戦中もボールの行方以上に走者の行動を注視する必要がある。
  
9)帽子を被る。意外と帽子を被ってするスポーツ、特にチームスポーツにはない。雨の時や太陽が逆光の時などに実際被ってみるとベースボールキャップの機能性の高さに今更ながら驚く。やはり野球の動きにはベースボールキャップはなくてはならないものだ。
  
…と挙げてみたが最後の10個目は是非これを読んでいるあなたに考えていただきたい。まだまだあるはずだ!
 
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次回はアートネタ

artificial intelligence

•2008年 6月02日 (月) • 1件のコメント

最近友人のD君とお茶をする機会があった。同じバークリー出身で彼自身も知る人ぞ知るスーパーギタリストである。

現在D君は音楽をサイドラインに置き個人投資家として日米の株の動向に注視する毎日を送っている。その彼が唐突に「最近 artificial intelligent のプログラムに凝ってるんです」と言い出したではないか。artificial intelligent = a.i. すなわち人工知能である。人工知能をプログラムする?投資と人工知能の関連性についてしばらく考え込んでしまった。

話を聞いてみると要はD君の投資家としての特徴を人工知能で再現しようという試みらしい。例えば普段からどんな銘柄に注目しているか、株価の動きがどうなったら買いでどうなれば売りの指標となるのか、どの業界の株のどういう動きがどの株の動きと相関性があるのかなど、D君の経験則や投資のセオリーなどを1つ1つプログラムして自分の分身のように株の売買をする人工知能を育てよう、という神をも恐れぬ大作戦なのである。株の売買の前にD君にお伺いを立てるとか何ドル以上はつぎ込まないとか、そういうリミッターも勿論組むことが出来る。まずは単純なモデルを組み、過去の市場データでテストドライブさせることでそのモデルの有効性を確認して改良を加えたり更なる指標を足したりしてお利口さんに育てていくのだろう。「知能」と言っている以上、自らの経験を元に自らの法則を修正してくるかもしれない。
 
そんな話を聞きながらへ〜〜っとアホのように感心していたのだが、よく考えるといろいろアイディアの湧く話だ。まず自分自身を分析するという点でかなり深いものがある。自分を見つめ直す方法というのはカウンセラーにかかったり文章を書いてみたりといろいろあるが、人工知能を使ってみるというのも面白そうだ。実際に自分で作曲した曲のメロディやアレンジなどを改めて聞いてみると独特な嗜好パターンや逆にそのパターンから抜け出す時の手法なども見えてくる。これを上手く人工知能上で再現すれば自分の代わりにメロディを創造して、こんなのいかがですか?と提案してくる作曲知能が出来るかもしれない。また小さい子供にプログラミングを教えて自分で気付いた自分自身の特徴をどんどんプログラムに加えさせて行くと、どんな人工知能が生まれるのか大変興味深い。
 
D君の目標は100%手放しでなくても、実際の売買の助言をするぐらいまでにはその人工知能レベルを持って行きたいようだ。その内「2001年宇宙の旅」のHAL9000ではないがD君の人工知能が巨額の富を生み出すマシンと化し、だんだんとご主人様の存在が疎ましくなってきて命を狙われたりするのではないかと心配になってくる。まあそんな心配をする前に人間自身がもっとお利口さんになる方法を考えた方が早いかもしれないが。 

Ray and Maria Stata Center

              Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory at MIT in Boston
  
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次回はスポーツネタ

picasso

•2008年 5月29日 (木) • 4件のコメント

53rd stのMoMA 近代美術館に二人連れのオバさんが観賞に来ていた。

 

「やっぱりMoMAのなかでもピカソの作品は別格ね。最高だわ!」

「あらそう? なんか私にはただのメチャクチャな絵にしか見えないけど…」

「あなたは見る目がないわね。私みたいにアートの判る人間には判るのよ」

「そういうものかしらねえ…」

「見てご覧なさい。これなんて混沌としていて最高じゃない?」

 

すると先ほどから部屋の隅で会話を聞いていた館内スタッフが二人のもとへやってきた。

 

「お客様、そちらはピカソの作品ではございません。鏡でございます」

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次回は雑談ネタ

french toast

•2008年 5月26日 (月) • 8件のコメント

前回のブログで「バーガーが好きである」と書いておきながら実はバーガーと同じぐらい into しているものにフレンチトーストがある。こちらは主に休日の朝食またはブランチなのでバーガーのように徒党を組んで食べ歩いたりはせず、たいがい1人でサっと食べに行ってしまう。NYもなかなかのフレンチトーストの街でかなり美味しいものを提供するレストランが数多くあり、バーガーほどではないが2、30軒は食べ歩いてみたのでこれもまた順を追って紹介して行きたいと思っている。ただ美味しいものブログを書く時に、写真をどうしようか実は悩んでいる。 個人的には出来立ての食事を目の前にしてデジカメでパチパチと写真をとる行為があまり乗り気ではない。食事はどんな状況であれ serve されたら最短時間で食べ始めるのが作ってくれた人への respect だと思っているし、周りの人も気分良い物ではないのではないかと心配になる。しかし写真なしで美味しさを伝え切る筆力があるとも思えない。まあその辺はいろいろ試行錯誤してみようと思う。
  
さてフレンチトーストは実は「フランスの」トーストではない。古くはローマ帝国時代の文献にもレシピが書かれており、中世にはヨーロッパ各地からアラブ諸国までのかなりの広域に分布していたポピュラーな食べ物のようだ。そもそも小麦粉からパンをつくる技術も古代において世界同時多発的に起こっており、卵や乳製品を食べる文化と相まってパンを卵とミルクのタレにつけ込んで焼くというのはどうも人類共通の智恵らしい。
  
現代のフレンチトーストには各レストラン入魂の仕掛けが施してあり、それはそれで美味しいのだがやはり基本はメイプルシロップだろう。メイプルシロップと言ってもカナダ産やアメリカ産などいろいろあり、また収穫の時期によりグレードが違う。カナダは全世界の8割以上の生産高を上げているが私個人の好みで選ぶとすればやはりバーモント産に限る。この州のメイプルシロップはその他のアメリカ産やカナダ産より高い製品基準を持ており同じようなグレードやカラーでも濃厚な味わいがある。そのバーモント産の中でも vermont fancy と呼ばれるグレードをお薦めする。これはその他の地方のグレードA light amber に相当するもので一番明るいアンバー色をしている。収穫時期が一番早い、いわゆる一番搾りで最もポピュラーなmedium amber よりサラっとしていてしつこくはない。よりメイプルの香りは濃厚ではないのでそれを楽しみたい人は medium から dark な amber をお薦めする。vermont fancy やグレード A light amber は生産量が少ないので小さいボトルで売っていることが多いが食材店で見かけたら是非試していただきたい。ドロっとしたメイプルシロップしかご存知ない方には新鮮な風味かもしれない。ちなみにグレード A 、B および C は収穫時期とカラーによる分別なので C より A が良質という意味ではない。
  
ここアメリカでは以前はジャーマントーストと呼ばれていたが第一次世界大戦の時に敵国のジャーマンからフレンチにネーミングを変えられた(イラク戦争のときも同じようなことやってましたね…)とか、ジョセフ・フレンチなる人物がNY郊外の albany のレストランで始めたのが最初だとか、いろいろネタ的には面白い話もあるがいずれもフィクションだろう。ただそんなことを思いながら週末のNYで1人でふらっと新たなフレンチトーストを食べに行くのもなかなか気持ちのよい一日のスタート方法ではある。
  
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次回は軽ネタ

polovtsian dances

•2008年 5月22日 (木) • 11件のコメント

ロシア五人組の一人、アレキサンダー・ボロディンの代表的オペラ「イーゴリ公」の中に「だったん人の踊り」という有名な曲がある。原題から考えてポロヴェツ人のダンスなのだが何故か日本に輸入された時にだったん人の踊りになってしまった。日本初演は1965年だからさほど遠い昔ではない。そんな曲知らん、という方はピアノで

レレラーーー ファーー ファソーー」(懐かしの色音符)

と弾いてみるとハハァと判る。それでも謎な方はようつべこのファイルを00:44から聴いてみてほしい。

さてこの名曲、初めて聴いた時にはまだ polovtsian dance なる原題を知らなかったため邦題の「だったん人」とは一体何者なのか大変気になった。カタカナ表記でない以上、ダッタニアンとかダッタニーズとかそういう民族ではないのは確かだ。それからかなりの月日が経った後、忘れた頃に私はこの「だったん」に出会う事になる。1つは江戸時代に間宮林蔵が樺太探検で発見した間宮海峡の別名(だったん海峡)、それにここ数年人気のだったんソバである。余談だが間宮林蔵の直属上司が遠山景晋、遠山の金さんの父上だそうだ。更に調べてみるとこの「だったん」とはモンゴル高原から東ヨーロッパまで広域に分布していた遊牧民族タタール人のことで「韃靼」がその中国語表記ということが判った。タタール(tatar 又は tartar)とは「その他の人達」という意味でヨーロッパ人から見ればオリエントの方角からやって来る「その他の人達」はみなタタールだったに違いない。また日本でもモンゴル人とその他の遊牧民族を十把一絡げで適当に韃靼と呼んでいたようだ。

さてこの遊牧民で騎馬民族のタタール人は乗り物として多数の馬を引き連れていたが、同時に役に立たなくなった馬を食料として生で食べる習慣があった。今で言う馬肉のタルタルである。その後タタール人のヨーロッパ移動と共に生肉文化もヨーロッパ化され牛のタルタル、ツナのタルタルなどのバリエーションが登場した。またこれにはジンギスカン鍋や鴨南蛮のように食事のエスニック性、蛮性を強調するネーミングということでタタール風と名付けたという説もある。

そして生肉を食さないドイツ人の手によって遂に火を通された結果、ハンブルグ風牛のタルタルステーキとなった。今日のハンバーグである。その後ハンブルグ風牛のタルタルステーキはアメリカに伝わり1904年のセントルイス万博で初めてパンに挟んだハンバーガーが登場するに至る…

 

ということで私はこのハンバーガーが大好きである。(<<これが主題)
NYには幸運にも美味しいバーガー屋が以前から数多くあり仲間内で勝手にバーガークラブなる団体を名乗って食べ荒らしているので、追々その中でも選りすぐりのお店をこのブログでも紹介して行こうと思う。ただチェック済みのお店を紹介するだけで一年ぐらいかかるかもしれないが…

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次回は(も?)食べ物ネタ

the longest lived male human

•2008年 5月19日 (月) • 6件のコメント

泉重千代は凄い。っということを今更ながら最近知った。今でこそフランス人女性ジャンヌ・カルメンに「最も長生きした人間」の称号は譲ったものの現在でも歴史上最も長生きした「男性」で、人類史上初めて大還暦(120歳)を迎えた人物だ。オスのほ乳類の頂点と言える。

当時の日本人泉重千代の生まれたのが1865年(慶応元年)8月20日、死去が1986年(昭和61)2月21日で120年と237日の人生だった。最後の江戸時代の人間だ。左の写真は当時の日本人の姿だが1865年といえば14代将軍徳川家茂の治世で江戸城の大奥に行けばライブで「大奥」が見れた時代である。京都では新撰組が大活躍中で坂本龍馬もまだ勝海舟と神戸で海軍操練所をやってる。アメリカではリンカーンが暗殺されている頃だが、その時代に生まれた人間がチェルノブイリ原発事故があったりビートたけしがフライデーを襲撃したりドラクエが発売されたりする時代まで生きていたのだ。御巣鷹山にJALが墜落したりスペースシャトルが爆発事故を起こしたりする映像をTVでみてどんなことを考えていたのだろう。

ちなみに戊辰戦争(2歳)も西南戦争(12歳)も経験済みで日清(29歳)日露(39歳)第一次大戦(49歳)では殆ど兵力として期待されていない年齢に達している。第二次世界大戦終戦を迎えた1945年には80歳の普通のご長寿である。

100歳の時のインタビューで長寿の秘訣は?と訊かれて「酒とタバコ」と答えている。酒とタバコが身体に悪いと言われ始めた時代にエラいことを言ったものだ。110歳のインタビューでは長寿について「タバコはよくない、私も4年前にやめました」と答えている。可笑し杉。120歳のインタビューでは長寿の秘訣を「酒と女」と答えている。インタビュアーに好みの女性のタイプは?と訊かれて「やっぱり年上かのう」とメディアフレンドリーな受け答えをしている。もうバックにチーム・シゲチヨのプロダクションがついているんじゃないかと疑いたくなる面白さだ。きっと亡くなるまで頭脳明晰だったのだろう。

こういう長寿話を聞くと圧倒的故に何とも言えないロマンを感じる。生ける定点観測みたいなものだ。他にも「この人、こんな時代まで生きてたの???」という話はあるのだがまたの機会に紹介することにしよう。

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次回は音楽歴史食べ物ネタ

eijiro nakagawa : the finest trombonist

•2008年 5月15日 (木) • 4件のコメント

ブログにいくつかの知り合いリンクを掲示しているが今日はその中からトロンボーン奏者の中川英二郎君について書こうと思う。

いろいろ嗜好もあろうが個人的には英二郎君は日本では最高峰の1人、世界でも5本の指に入る finest なトロンボーン奏者だと思っている。 finest と言ったのは楽器を操るに必要なテクニックだけでなく、そのテクニックに溺れることなく楽器を通して表現する力、音楽を把握する総合力、このギョーカイで生き抜くために必要な素質、などをバランスよく兼ね備えているという意味だ。どんなプレーヤーでも名人と言われる人達はいとも簡単に(簡単そうに)楽器を演奏する。まるで努力なんてしてませんよーぐらいのノリで70%ぐらいの力の抜き具合で信じられないプレーを延々披露するものだが、英二郎君もこういう範疇に十分入る演奏者だ。

スライドを取り入れた構造上、トロンボーンにはバイオリンやトランペット、サックスなどが持つシャープに尖った音楽性のイメージがない。どちらかと言うと大らかでのんびりしたサウンドで下手な演奏をすると間抜けなイメージまで持たれてしまう可能性があるのだが英二郎君の演奏はそういうトロンボーンの持つ固定観念を一発でひっくり返すサウンドを持っている。トロンボーンなんて飽きるほど聞いて来ているNYのミュージシャンやエンジニア達がレコーディングスタジオで英二郎君の演奏を聞いて驚きのあまりひっくり返っているのを私は何度となく目撃している。彼の本当の凄みはそれを余裕でニコニコと、いとも簡単にやり遂げてしまうところであろう。

リムスキー・コルサコフの「熊バチの飛行」という名曲があるのが、普通こんな曲をトロンボーンで演奏しようとは誰も思わないし、この曲をトロンボーンで演奏するんですよと言っても信用しないかもしれない。それをステージでスラっとやってしまうのだから恐れ入谷鬼子神、びっくり下谷広徳寺である。

トロンボーンと聞いてピンと来ない方。是非英二郎君の最新CD「E」で完璧にコントロールされた極上トロンボーンと小曽根真さんのピアノを堪能していただきたい。どうせ聞くなら最高の物から始めるのをお薦めする。更にこのブログを書いている現在ならNHKの朝の連続テレビ小説「瞳」のオープニングタイトルで聴く事もできる。

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次回は歴史ネタ

hearing test

•2008年 5月12日 (月) • 11件のコメント
ある夫婦がおりました。
旦那は自分の妻の耳が最近遠くなってきているのではないかと心配していましたが、本人にどう切り出して良いものか途方に暮れていました。
そこで掛かり付けの主治医に相談してみた所、医師は妻の難聴がどの程度進行しているかチェックするための簡単なテスト方法を教えてくれました。
   
   
「いいですか、次のようにしてみてください。これでどの程度の難聴かだいたいの目安がつきます」
       
「わかりました」
   
「まず最初に奥さんから8mぐらい離れて普通の会話レベルの音量で話かけて反応をみてください。もし反応が無いようなら6m、4m、2mと奥さんが反応するまで徐々に近寄っていくのです」
   
    
夫が主治医の所から帰ってみると妻は台所で夕飯の支度をしていました。丁度玄関から8mぐらいの距離があったので早速主治医に教わったテストをしてみることにしました。
   
   
「ただいま、今日の夕飯はなんだい?」
   
   
反応がありません。
夫は台所に近づいて行き6m手前から声をかけました。
   
   
「ただいま、今日の夕飯はなんだい?」
   
   
反応がありません。
そこでダイニングの中まで入って4mぐらいの距離から声をかけてみました。
   
   
「ただいま、今日の夕飯はなんだい?」
   
   
全く反応がありません。
更に台所に入り込んで2m後方から話しかけてみました。
   
   
「今日の夕飯はなんだい?」
   
   
それでも反応がありません。
仕方なく妻の背後に回って話しかけてみました。
   
   
「おい、今日の夕飯はなんだい?」
   
   
すると妻は振り返って
   
   
「あなた、さっきからもう5回もトリ鍋だって言ってるじゃない!」
    
    
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次回は音楽ネタ
 
  
      

      

          

bleacher creatures section39

•2008年 5月09日 (金) • 10件のコメント

海法潤二さんという方の「松井秀喜を追っかけて団塊オヤジニューヨークを往く!」という著書がある。
2006年、松井が骨折でシーズンの殆どを棒に振った痛恨のシーズンにフォーカスを当ててヤンキース観戦やNYCでの生活などを綴った書だが、よくある松井本と違ってより市井な話題や著者の体験談などを交えた海外生活奮闘日記になっている。この海法さんにヤンキースタジアムの外野席で出会ったのがきっかけで最終的にはこの本の〆のエッセイを書かせていただく事になった。そのエッセイで私の属している bleacher creatures (ブリーチャー・クリーチャーズ)というライトスタンド外野席に棲息する熱狂的ファン集団についてその成り立ちを含めて書いた。多少重複するがここでも bleacher creatures について紹介しておこうと思う。詳しくは駅前の本屋で立ち読みなどせず購入してゆっくり読んでいただきたい。

bleacherとは野球場の外野席などに見られる横長のベンチシートのことだ。そこからヤンキースタジアムのライト側外野席、詳しくはセクション39に年間シートを持って毎試合のように応援する連中を bleacher creatures 直訳すると外野席生命体と呼んでいる。起源は20年ほどさかのぼる。80年代から90年代半ばまでのヤンキース暗黒時代に一人で応援し続けていたアリ・ラミレスというカウベルマンの周りに集まって来たのがそもそもの始まりだった。当時のヤンキースというのは過去の栄光ばかりの冴えないお荷物球団で、今では想像もしがたいが毎試合ガラガラの観客の前で情けない試合を繰り返しては負け越していた。「病気のペットを持つ飼い主の心境」と当時を覚えているファンは言っている。

ところがそんな先駆者アリの願いが通じたのか1995年ごろから徐々に強いチームとなり1996年にジョー・トーリ新監督の元、遂にワールドシリーズを制して現在の黄金時代に突入するのだが肝心のアリ・ラミレスはその黄金時代を見ずに96年シーズン半ばにガンで亡くなっている。(これを書いている5/8が彼の命日だ)

現在アリの席(Section39/RowA/Seat29)には球団オーナーであったジョージ・スタインブレーナーにより追悼プレートが埋め込まれている。

そのアリの遺志を継いだ約50名がレギュラークリーチャーズとして今でもセクション39を中心に応援しているのだが、もともとガラの良くない場所だけに飛び交う英語も attitude もかなり下世話である。個々についてはまたの機会に紹介して行こうとは思っているが、それぞれが独自の gimmick 要はネタを持っておりジョーク1つ取っても他人の gimmick は不可侵である、とする不文律がある。他人の持ちネタを調子に乗って本人の居ない所で披露した結果、総スカンを喰う事もしばしばある。

今でこそ指定席、ノンアルコールでセキュリティーもしっかりしているが以前は無法地帯で「過激な地元ファンがいるので近寄らないこと」と日本の旅行ガイドに本気で書いてあったぐらいだ。今でも殆ど日本人を見かけることはない。私が唯一の日本人レギュラーと言ってもよい。ただNYのありとあらゆる人種、社会層から集まって来ているので通常の仕事関係などでは出会えないような貴重な友人が沢山できるのも確かだ。私にとってもかけがえのない友人達である。またいくら過激とは言えレギュラー陣は警察との駆け引きも慣れているのでどこまでが悪ふざけの許容範囲でなにをどうすると警察沙汰になるのかしっかりコントロール出来ている。警官も球場のセキュリティーも結局レギュラーメンバーだからお互い顔見知りになってしまうせいもあるかもしれない。問題はクリーチャーズのウワサを聞いて初めてセクション39にやってきて、まるで自分たちも仲間にでもなったかのようにハメを外してしまう一見さん達である。クリーチャーの連中は案外排他的で反社会的な奴が多いのでこの手の wannabiesには手厳しい。まあその辺も含めた mean さがまた面白いのだが…

もしヤンキースを観に行かれる機会があれば一回の表、第一球目が投げ終わった瞬間から始まる儀式 roll call がライトスタンドから聞こえてきて、各選手がライト外野席を振り返って合図するのに気付くだろう。それが bleacher creatures という生命体の雄叫びであり、いくら高いチケットを買っても味わえない選手とファンとの貴重な瞬間なのである。

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次回は軽ネタ